大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)2185号 判決

上告人

合資会社興栄社

右代表者無限責任社員

森澤清子

右訴訟代理人弁護士

渡辺彬迪

被上告人

三浦規矩子

右訴訟代理人弁護士

柴田圭一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡辺彬迪の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。原審が適法に確定したところによれば、被上告人は、合資会社である上告人の有限責任社員であるが、定款によって上告人の業務執行の権限が与えられていたことはうかがわれず、被上告人が「専務取締役」の名称の下に上告人の代表者である無限責任社員の職務を代行していたのは、上告人代表者の指揮命令の下に労務を提供していたにとどまるものであり、被上告人が支払を受けていた「給料」はその対償として支払われたものであるということができる。したがって、有限責任社員となった後の被上告人についても上告人の従業員を対象とする本件退職金規定が適用されるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子)

上告代理人渡辺彬迪の上告理由

原判決は、被上告人が従業員退職金名義で請求した金員につきこれを認容したが、その判定判断過程には最高裁判所判例に違反し且つ著しい経験則・採証法則の違背、法令の解釈適用の誤りがあり、右は民事訴訟法三九四条にいわゆる判決に影響を及ぼすことあきらかな法令の違背にあたる。

一、原判決の引用する一審判決理由によれば、原判決の認定した事実は左記のとおりである。

1 上告人は、印刷業等を目的とする合資会社であり、被上告人の父森澤義隆が無限責任社員として経営していたが、被上告人は、昭和三三年一一月から、事務員として被告で就労するようになり、昭和五五年一〇月頃まで経理全般を担当していた。

2 昭和五五年一〇月一五日、森澤義隆が上告人を退社し、被上告人の母森澤清子が無限責任社員になり、被上告人の姉妹である森澤テル、森澤陸江らとともに被上告人は、上告人の有限責任社員となった。

3 被上告人は、上告人の有限責任社員となった後の昭和五五年一一月一日から昭和五六年七月頃まで、総務部長兼経理部長との名称で、経理面の指揮監督、従業員に対する指揮監督、労働組合との対応、会社内全般の問題の指揮監督を担当し、昭和五六年七月頃から平成二年八月三一日までは、専務取締役との名称で、代表者である森澤清子の職務を代行していた。

4 被上告人は、上告人で事務員として勤務するようになると、他の従業員と同様に毎月の給料、残業手当、年二回の賞与の支給を受け、また昭和三五年頃、社会保険、雇用保険、厚生年金に加入し、事務員である間に中小企業退職金共済法による退職金共済契約に被共済者として加入し、平成二年八月までその掛金を支払い、平成二年八月三一日付退職に基づいて、事業団から退職金二六一万七三五〇円の支払いを受けた。但し、被上告人は、総務部長兼経理部長の名称が付せられてからは、賞与の支給も受けなくなった。

5 被上告人は、平成二年八月に退職する前まで、毎日上告人会社に出勤して勤務し、給料として月額五七万円の支払いを受けていた。

二、1 上告人会社に於いては、労働基準法八九条により、従業員が退職するに際しては就業規則としての本件退職金規定が存在するが、被上告人のような営業主の代理人として、会社のトップに位置する者は、役員としての役員退職金支給基準を適用すべきであると被上告人は、本件主たる請求に於いて陳述しているが、後に右支給基準なるものの存在が、方式不備からあやしくなって来たので、予備的請求として、従業員であると、あきらかに背反する主張をしてきたのである。

2 前記認定事実によれば、被上告人は、一人の無限責任社員であった父森澤義隆が昭和五五年一〇月に、死亡により退社して後、上告人会社の有限責任社員となった後、昭和五五年一一月一日から総務部長等の名称で、昭和五六年七月頃から、退職に至るまで、専務取締役の名称で、持分相続の関係から、名目的に一人の無限責任社員となった実母清子の代理人として、上告人会社の業務執行権を独占していたのであって、昭和五五年一〇月以前と以降では、被上告人の上告人会社に於ける、勤務関係の性質、内容、労働条件特に給与に於いて、重大な変動があって、その勤務関係が、形式(役職名)、実質(経営トップ)共に、従前の勤務関係の延長とはみられない、特別の事実関係が発生したのである。

すなわち、報酬は高額に固定され、労使交渉で決定する年二回の賞与、残業手当等、労働基準法に基づく就業規則の適用は廃止された。これは被上告人の「使用者」としての地位を明確にされたものである。

3 原判決の引用する一審判決は、被上告人が商法一五六条によると、有限責任社員は会社の業務執行や会社を代表することが出来ないから法的には、会社の代表者や業務執行者ではないと云うが、最判昭和二四・七・二六民集三-八-二八三は「商法一五六条の規定中、業務執行に関する部分は任意規定であって合資会社の有限責任社員は、会社の決定に基づいて業務執行の権利義務を定めることは有効である」旨判示し、被上告人は法的にも業務執行者であるばかりでなく、本件記録によると事実上の代表者であったものである。原判決のこの点の判断は前記判例に徴し誤りである。

4 右のとおり被上告人は、法的に業務執行者であるばかりか、事実上会社代表者であったのであるから本件退職金規定の適用がある「従業員」に全く該当しないものである。尚原判決の引用する一審判決は、「本件退職金規定の適用がある「従業員」に該当するか否かの判断は、労働基準法その他の各種労働法の適用とは直接関係がないので、いわゆる労働法関係における「労働者」であるか否かの判断と必ずしも同一である必要はない。そこで、退職金には賃金後払的性格のほか功労報償的及び生活保障的性格も含まれていることに鑑みると、本件退職金規定の適用の有無は、報酬が役務自体の対償的性格を有するか、特に継続的役務に対し定期的に報酬が支払われているかどうかに基づいて判断すべきであり、従属性の有無や契約の形式が雇用であるか委任であるか等の法形式で決定されるものではないと解される」としている。

しかしながら、「本件退職金規程」は、上告人が昭和四一年四月一日労働基準法第八九条に基づき、一〇人以上の労働者を使用する使用者として、就業規則の一部として定めたものであって、上告人会社の「従業員」「労働者」に対する退職金を定めたものであることは明らかであり、本件退職金規程の適用のある「従業員」に該当するか否かの判断は、労働基準法その他各種労働法の適用それ自体であり、密接に関連しているものといわねばならない。

5 被上告人は、本件主たる請求に於いては、「使用者」と主張し、予備的請求に於いては「従業員」と主張するは、禁反原則に照らし許されない。

原判決の引用する一審判決は、「毎日会社に出勤し」「毎月一定額の給与を受けている」点をとらえて「従業員」であるとするが、通常会社の「使用者」もこのような勤務をなすことは、一般的と云えるし、使用者であっても、「社会保険」「厚生年金」の加入をしていることは常態であるから、以上をもって「従業員」であると云うべきではない。又被上告人が、雇用保険、中小企業退職金共済法に従前の従業員時代から加入していたとしても、これを以って被上告人の「使用者」としての本質が変わるものではない。

これら各種保険は、上告人会社がそれぞれ中小企業退職事業団又は労働省と加入契約をしていたものを、被上告人に於いて、従前通り漫然と引き継いだものである。

本筋から云えば昭和五五年一一月以降、被上告人は、従業員性を全く払拭されたのであるから、右の労働者保護の為の各種保険は自ら会社の業務執行として解約すべきであったのを、従来どおり漫然と放置していた結果にすぎず、原判決の引用する一審判決が、この点をとらえ、被上告人を「従業員」に該当すると認定したのは、その認定過程に著しい経験則違背があり重大な誤りであるといわねばならない。

三、以上のとおり、被上告人に対する昭和五五年一一月以降、とりわけ昭和五六年三月以降専務取締役に就任し、上告人会社の業務執行、代表権を行使するに至った以降の報酬の支払いは、毎月定期的に定額の支払いがなされたとしても「従業員」に対する賃金ではなく、例えば株式会社の取締役に対する報酬と同じく、その本質に於いて有償委任契約であって、その額は上告人会社と協議のうえ、会社の成績等諸般の事情に基づき、個別的かつ恩恵的に定められ、その増減は、裁量の範囲に自由に決定せられるべき性質のものであって、他の一般従業員の受くべき賃金ではなく、権利として会社に主張し得べくものではなく、労働基準法一一条の賃金の定義に該当せず、従業員たる地位に対し支払われていた給与額の存在が認められない本件に於いて被上告人が、従業員退職金規定に従った退職金を請求することは出来ないものである。

これと異なる原判決は、その判断過程に著しい経験則、採証法則の違背があり、労働基準法、商法の解釈適用の誤りがあり、原判決はこの点に於いて破棄されるべきである。

四、被上告人は、昭和五五年一一月以降は、年二回の従業員賞与を受けなくなった。その理由は、年二回の労使交渉の使用者であるから、その率の交渉に使用者として関与する以上、被上告人が、使用者として、会社に対する忠実義務を全うする為当然の措置であるが、ここに被上告人が業務執行以外の労務を、職務として担当し、これに対し、役員報酬以外の賃金を受けていたいわゆる「使用人兼務取締役」であった否かの問題があるが、原判決の認定するところによっても、そのような事実は認められないし、又、被上告人の定額報酬のどの部分が、賃金であるかの点についても、判然としない以上、その一部について従業員退職規定の適用される由もない。

五、以上のとおり、原判決の引用する一審判決が予備的請求を容れて、被上告人を退職金規定の適用上従業員と認定判断した誤りを述べたが、上告人は、原判決の引用する一審判決の主たる請求であった、被上告人が「使用者」として役員退職金を受く得べき地位にあり、その額等は、株式会社及び有限会社に於いては、定款の定めない限り株主総会(有限会社に於いては社員総会)の決議を要し、その支払基準の定めのない場合は、これを自由に定め得べきであることにかんがみ、上告人は合資会社であってその業務執行有限責任社員であり事実上の代表者(乙八号証によれば、メーンバンクも右事実を認めている)であった被上告人に対して役員退職金基準がない以上、上告人はその社員の総意により、離職の経緯及び上告人会社が労務倒産し破産の現状にあることなどから、被上告人は平成二年八月末日退職に因る退職金を支給しない旨決定したことは相当であると云わねばならない。

六、本件退職金規定の算定基礎となる定額賃金は、賞与手当等を除く基本給であり、被上告人の報酬のごとき、その全額を算定基礎となるとする原判決の判断は、この点からも他の従業員との公平上極めて不合理である。被上告人については、昭和三三年一〇月から昭和五五年一〇月三一日までは従業員であったのであるがそれ以降は、上告人会社の役員である業務執行有限責任社員で且つ代表権を事実上行使していたのであるから、右昭和五五年一一月一日から平成二年八月三一日までは、従業員退職規定の適用もなく、又、その適用上勤続年数に含まれないと解する他はない。

以上のとおり原判決の破棄を求めます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例